ハトに豆鉄砲とはこの時の越後屋の顔の事であろう
とにかく、はぁ?という表情のままで固まってしまった越後屋なのだった
「越後屋?聞こえておるか?おぬしはどうなんだ?今宵の私の相手をしてくれるのか?」
代官は、越後屋の顔にぐっと自分の顔を近づけて聞いた
もう少しでお互いの鼻がくっつきそうなくらいの至近距離だ
未経験の緊張のせいで越後屋の心拍数が上がる
全身の血が逆流しそうな程、鼓動が早くなっているのがわかる
震えた声で越後屋はなんとか言葉を発した
「お代官様・・・本気で、本気で言ってるのですか?私は男ですよ?
冗談ならいいかげんにして下さい」
「そうとも、本気で言っている。ここだけの話だが、私は女に興味が無い。
独身なのはお前も知っているだろう?そういう理由なのだ。
特におぬしのような中年で肉付きのいい男が好みだ。
おぬしがその気になってくれるなら、今後おぬしの商売は安泰だ。好きなように商売してよいぞ。どうだ?悪い話ではないぞ?なぁに、私と関係した事は誰にも話さん。
それはお互い様というものだ。はっはっはっは」
それまで、強面だった代官の顔が一気にほころんだ
笑う代官とは裏腹に越後屋は、顔が青ざめていった
「お代官様!それだけはご勘弁を!ええ、この話は聞かなかった事にします。
なので私の話も忘れて下さい。お願いです。どうかこの手を離して下さい!
この事はお互い無かった事にしましょう!!」
やっと意味が飲み込めた越後屋は、半分泣き顔で言った
「この・・この風呂敷の中身はそのままお持ち帰り下さい。
口止め料としてお支払い致します。ええ、もちろん口外いたしません
どうかどうかお許しを!!」
越後屋は懇願した
まるで、親に叱られた子供のように小さくうずくまって懇願した
だが、その手首はまだしっかりと代官に握られている
「無かった話・・・だと?おぬし今更そんな事を言うのか?
それがどういう意味だかわかっているのか?」
代官はまた強面の顔になった
下を向いてうずくまったままの越後屋の顔を無理矢理顔を上げさせると
二重になってたるんだ顎を掴んで代官は言った
「私の権限で明日にでも、おぬしの店を閉業にする事も可能なんだぞ?
おぬしは無一文で明日から路頭にさ迷う事になるのだ。ふん、よく考えるのだな」
瞬き一つせず、その切れ長の目で越後屋を正面から見据えて代官は言った
冷酷な男の表情に、越後屋は極度の緊張で口の中が乾いた
出来る・・・こいつならそういう事も出来る
今までコツコツと築き上げてきた私の店
あぁ今までの人生が無くなってしまうのか・・・それならいっそ・・・
いや・・そんな事は私の理性が・・・あぁ、どうしよう。どうしよう。
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