「いや、すまん。少しばかり意地悪が過ぎたな。これは有り難く頂戴するとしよう」
越後屋は手首を掴まれたまま、はぁ?というような驚きの表情で代官を見つめた
途端に安堵感の波が押し寄せた
「あぁ・・・お代官様・・冗談がキツ過ぎます。私は真剣に悩みましたよ」
そう言って、代官に掴まれた手首を離そうとしたが、代官は尚もギュウと握って離さない
「・・・お代官様?あの・・・?まだ何か・・・?」
冗談のキツイ男だ。まだ何かあるのか?よくわからない人間だ・・・
越後屋にまた不安の波が押しよせ表情がこわばっていった
「その・・越後屋・・・菓子以外にも所望したいモノがあるが・・・よいか?」
おや、これ以上欲しがるのか?!なんとまぁ、強欲な奴だな!
まぁ、いいさ。それくらい悪(ワル)な方が付き合いやすいかもしれん
「ええ、お代官様。こちらで用意出来るものならなんなりと」
越後屋は即答した
「今宵の相手が欲しい」
越後屋は、これはこれは・・・と言い
「お代官様もお好きなようで。ええ、その点はご安心を。この後に女を用意してあります。
どうぞ、お好きなだけたっぷりとお遊び下さい」
なんだ、そんな簡単な事だったのか・・・と越後屋は安心した
それなら最初から考えていた事だし、実際本当に用意をしてあるのだ
これで、文句はなかろう・・・と手首を外す仕草をしたが
代官は、まだその手首を押さえつけたままだった
「?お代官様?あの?何かご不満でも・・?手を離して頂きたいのですが・・・」
代官の読めない行動にとまどう越後屋
先程拭いた額にまた汗が出始めてきた
「娘?私はそんなモノいらぬ。今宵の相手はおぬしに決めた」
一瞬信じられない言葉が越後屋の耳を貫いた
な・・・何を言ってるのだ?この男?!
あぁ、そうか、また冗談だ。そして私の戸惑った表情を見て楽しんでるのだろう
まったく、さっきから読めない奴だ
越後屋は、取り乱す事なく答えた
「またまたご冗談を・・・本当にお代官様は面白い方で、少々冗談がキツすぎますよ」
そして、抑えられた手首を引っ張ってみたが、まだしっかりと抑えられている
「冗談では無い。私は真剣に話しているのだ」
代官の目が越後屋を真っ直ぐに見つめていた
経験した事の無い胸騒ぎが越後屋を襲った
今までの人生でこれ程予想外の状況に面した事はなかった
代官の口から「今宵の相手はおぬし」という言葉を聞いたが
それの意味が自分の頭の中で整理が出来ない
いや、意味としては充分に理解出来るのだが、
それはただの文章として理解出来る言葉であって
越後屋の心の中では理解不能な言葉なのだった
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