「金のお菓子でございます。どうぞお受取下さいませ」
越後屋は、そう言って代官の前に紫の風呂敷に入った包みを差し出した
『さぁ、受け取れ。意味はわかってるだろう』
越後屋は心の中で呟いた
風呂敷を差し出した相手は、この町の代官だ
越後屋はこの町での事業拡大を狙っていた
ある商品の仕入れを越後屋だけが独占したいのだが、それは簡単な事では無い
そこで、何かと権限のある代官に賄賂を渡して、便宜を図ってもらおう・・という魂胆なのだ
『なぁに、代官といえども人の子。
確かに権限はあるが政府からの給料は少ないと聞いている・・・
小遣いになる金はいくらでも欲しかろう。
どうせ、こいつも当たり前のように受け取るはずだ。
この話は俺にとっても、こいつにとっても都合のいい話なのだ』
越後屋は、脂ぎった大きな顔でニヤケながら代官が風呂敷を受け取る瞬間を待っていた
代官は銚子に入った酒を1杯グイと飲むと風呂敷に手を延ばした
そして、少しだけ風呂敷の端を開き中身を確認した
「確かに、金の菓子だな」
表情を変えずに代官は言った
「さようでございます。代官様もお好きでしょう?どうぞ全てお受取下さい」
どうぞどうぞ。という差し出すような手つきをして越後屋は頭を下げた
あと少しで交渉が成立する。と思うと、嬉しさと緊張で越後屋の顔は益々脂ぎってきた
少し汗を拭こう・・・と越後屋が胸襟から手ぬぐいを出した瞬間
「それで、これを私に渡すという事はどういう事なのだ?」
代官が厳しい顔つきで越後屋に問いかけた
は?
何も言わずに受け取るものだろうと思っていた越後屋は面食らってしまった
そういう答えは用意してなかった
というより、夕刻より代官をこの料亭へ呼び出し
上手い料理と酒を振舞いながら、自分の商売について話し
商売上で便宜を図ってくれる変わりに
こちらもそれなりの報酬を致します・・・という話を延々として賄賂の事を
匂わせていたというのに!
『こいつは今まで何を聞いてたのだ?!』
越後屋の顔が見る見る間に険しくなっていった
『もしかしたら、私の見込み違いかもしれない。私がしょっぴかれるかもしれない』
さすがに、それはマズイと思った越後屋は
手ぬぐいで額の汗を拭きながらニンマリと笑った
「いやいや・・・お代官様・・・。これは・・どうも私の勘違いでして・・・
そのぅ・・ええ、包みを間違えてしまいました」
越後屋は尚もとぼける
「別の菓子と間違えました。すいません、明日にでもお持ちしますので・・・
本日のこれは無かった事に・・・」
そう言うと代官の前に差し出した風呂敷を引き寄せた
その瞬間、代官が越後屋の手首を掴んだ
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